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三種の神器

昨日の夕方もHEICOの足になった私。
さすがに3度めにもなると余裕?も出たのか(ついでにスピードも出たか:笑)、今までで一番早く到着&帰着出来ました。
念のために申し上げますが、結構車も多い時間帯だし、ちゃんとメーターを確認しながら走っているので、法定速度以上で走ることはまずありません。
こんなふうに車で移動することに慣れると自転車を使うことが少なくなりますが、昨日の午前中所用で出かけたときは自転車にしました。乗り降りの回数が多いと自転車のほうが楽だし、月曜なので銀行など駐車場も混みあうし。一番困るのは、用はあるけど駐車場がない、というところかな。

久々に自転車に乗り、風に逆らって走りながら思ったのは、
ペダルが重い・・・・・・
脚の筋肉が怠けものになってしまったことを実感。
相変わらず三輪車を使っているので(乗れるようになったのに、普通の自転車だとなんだか不安なのよね)より重いわけなのだけれど、それにしてもこんなんではあかん、よなぁ・・・
アップダウンが全くない道を走っていてもこうなのですから、坂道があるところは推して知るべし。

そんなふうに重いペダルをこぎこぎして出かけたうちのひとつが、文具店。
個人的経営のお店でさびれた商店街にありますが、目の前が大手銀行の支店ということもあって、お客さんはそこそこあるようです。うちからだと自転車で10分ちょっとかかるけど、たま~に買い物に行きます。近場ではここでしか手に入らないものもあるので。昨日もそんなものを買いに出かけたのでした。

その「そんなもの」とはメクリン
紙めくりにも色々ありますが、これが一番のお気に入りです。
リンク先にもありますが、ムレない、臭わない、指にやさしくフィットするところがいい。

このメクリンがないと、バイトの仕事が滞るのですよ。

役所というのはとにかく紙を扱うことが多いです。
年齢とともに手指がかさついて、紙をめくるのが大変でイライラしちゃうんです。
もちろん区役所にも指サックなどはあるのですが、そこはやっぱり自分の気にいったものを使った方が気分良く仕事できるというもの。
このメクリンと、30cm定規、そしてBまたは2Bの芯を入れたシャープペンは、バイトにおける外せない三種の神器(笑

定規は線を引いたりするのはもちろんですが、我々バイトにとってはハサミ代わりに重宝します。
保険証のコピーなどの余白を切り取るとき、紙にあてがってさっと切り取るとハサミよりうんと速い。
シャープペンは、これももちろん区役所においてあるけれど、替え芯がたいていHB。
シャープの芯は硬めなので、これだと書いた文字が見えづらいし滑らかに書けない。少し軟らかめのBか2Bが書きやすい。
この三種の神器のほかにボールペンの黒と赤、そして消しゴムは自前のを使っています。

そういえば前回のバイト時、引っ越し準備の途中で神器のうちの定規がなくなるという大事件(私にとってはそうなのよ)が発生したっけ。
それでなくても、ボールペンやら消しゴムやら、名前が入っているにもかかわらず行方不明になることがしばしばあります。
高いものじゃないのでまぁ構わないのですけど、やっぱり自分のがいいのよ、私。

明日からそのバイトですが、天気が、ねぇ・・・・・・なによ、この雪だるま!よりによってバイトの初日から・・・こんなのって、ないわ~~~!!!
積もらないことを切に願っております。それでは次回は週末に。
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「三丁目の夕日」時代の暮らしぶり

昨日は、相方・HEICO・RINGOが一口馬主として出資している競走馬・ドリームカトラスが、東京競馬場の第10レースで久々の勝利をおさめて大喜び!の午後になりました。詳しくはこちらをどうぞ♪

さて、人気シリーズの映画「ALWAYS三丁目の夕日」の最新作が封切られました。
舞台は1964年=昭和39年。東京オリンピックがあった年。そして東海道新幹線が開業した年でもあります。
私はこの東海道新幹線の試運転車両に乗った経験があるのですが・・・あいにくほとんど覚えていません。残念~!
以前のブログにも書いたけれど、覚えているのは、フツーの人が通らないところを通り、とんでもないところ(確か線路)からホームに上がった、ということくらい。
こんな体験が出来たのも、ひとえに父が国鉄マンで、努力して新幹線の仕事に携わっていたから。
仕事ばかりで家族と過ごす時間もあまりなかったけれど・・・
あの頃の父親って、ほとんどそんな人ばかりだったような気がしますね。
高度成長期ということもあって、大人はみんな働き者だったようにも思えます。

当時私は小学校1年。
近くに大手の紡績工場がありました。紳士服の服地を作る工場です。
そこには、中学を出て集団就職で働きに来ていた多くの女子従業員さんがいました。
寮に入って昼間は仕事、そして夜は定時制高校に通うため、家の前を通って行きましたね。帰りはたいてい午後9時前後だったと思います。

うちはT字路の突き当りにあるのだけれど、向かい側の角に八百屋さんがありました。
八百屋、と言っても、今ならさしずめコンビニのような、24時間営業じゃないから、田舎のなんでも売っているお店があるでしょ?あんな感じのお店で、ちょっとしたものは何でも置いてありましたね。八百屋だけど魚も扱っていたし。さすがに肉類はなかったかな。でも、ハムなんかは売っていました。
旦那さんが病弱なため、お店はおばさんひとりで切り盛りしていましたが、父が結核で入院中は収入も少なかったため、母はその八百屋さんで、今でいうパートで働かせてもらっていた時期もありましたっけ。

当時はなんとも思わなかったけれど、お金がないから買い物はいつも「つけ」でした。「つけ」という意味もよくわかりませんでした。それでもいつ頃からだったか、お金をその場で払わないのにどうして物が買えるのか不思議に思うようになり、後でまとめて払うことがわかったのは、つけ払いの帳面の計算をそろばんでさせられるようになってからだったかな。
今から思うと、なんとものんびりとした商売の仕方だったと思います。

それにしても、うちって本当に貧乏!でした。お金もものもなかった、と思います。それに比べたら今はずいぶん贅沢な・・・あくまで当時と比べて、ですが。
そんな貧乏な家なのに、うちの家族ときたら好き嫌いがすごく激しかったんですよね。
嫌いなものを出して残されるのがもったいなくて、母は結局家族それぞれが好きなものしか作らなかったような気がします。

実は母は料理があまり得意ではありませんでした。
そのことに気づいたのは、私が結婚してから。
大正一桁生まれなのでレパートリーが少ないのは仕方ないのかもしれませんが、それでも得意なひとならもっといろんな種類のものが出てきたと思うのです。一度に出る品数は少なくても。
そして、味付けもあまりよくなかった。少なくとも私の好みではない味付けのものが多かったですね。
なので、当時ほとんど食べなかった切干大根やひじきの煮物は、結婚後自分で作るようになってやっと好んで食べられるようになったものです。

そういえば、掃除もそんなに好きじゃなかったのかも・・・そこはそっくり似ちゃったな(苦笑

そんな母ではありましたが、ただひとつどうしても彼女に敵わないと思うことがあります。
それは、ミシン。
若いころ親戚の仕事の手伝いでミシンの縫製の仕事をしていたことがあって、そのとき培われた技術で私たちの洋服も縫ってくれましたね。
ただ、ねぇ・・・・・・
服のセンスはあまりなかったのですよね。
特に嫌だったのが、ポケットなどにアップリケをつけられること。
なんだか子どもっぽく見えて(子どもだったのにそう思ったのよ)気に入らなかった。
多分自分の子ども時代にはそういうかわいいものがなかったからなんでしょうね。

そうそう、映画じゃないですが、私の住んでいたところも「三丁目」でした。

ひとつ思い出すと、なんだか次々思いだしますね。
もうひとつ思い出したことがあるのだけれど、それはまた後日。

HEICOの薬疹騒ぎは少しずつ収束に向かっているようですが、それでもまだ体調が今ひとつのようで、「なにかする気が出ない~」とぼやいておりました。
病は気から、と言いますが、逆もまたしかり、というところでしょうか。
本当なら昨日下見に行くはずだった彼女の新居?も、一週間延期してもらいました。こんな体調ではちゃんとした判断が出来ないと思われるし、そこまで出かける気力も体力もまだまだなので。

そんなHEICOは言う。「ママ、元気だね~」
はい、おかげさまで。
アンタに付き合っていたら家じゅう「やまいだれ」がついたみたいになっちゃうじゃん(笑

冬季国体が始まりました。今年は岐阜と愛知の共同開催。
愛知県での開会式の様子がニュースで流れていましたが、愛知県知事の大村氏が挨拶の最期に、
「がんばってちょ~よ!」と名古屋弁で言っていたのを聞いて、違和感。
勢いがない、というか、板についてない感じ。

それもそのはずで、彼は愛知県出身とは言うものの、名古屋のある尾張地域ではなく、三河出身。
「じゃん・だら・りん」とよく言われるのですが、名古屋弁よりは穏やかな雰囲気なんですよね。
そんな付け焼刃のような名古屋弁使わなくてもいいのにねぇ。名古屋弁は名古屋市長に任せときゃあ!(笑

今放送されている朝の連ドラ「カーネーション」が好きで観ていますが、あれを観ているといつの間にやら頭の中に関西弁が刷り込まれて、話すときに関西と名古屋が同居する・・・という怪しい状態になることがあります。
ゴルフの石川遼クンがCMをしている英語教材なんかも、こんな感じなんでしょうかねぇ。確かにHEICOも、教材は使っていないものの、洋楽を聴いたりしながら英語が身についたタイプだし。

たまにHEICOが海外ものの映画のDVDを借りて観ることがあります。
そのあと決まって、何か話すとき日本語ではなく英語、ということが多い。それもぶつぶつつぶやくとき(笑
あと、義父母についていらついたときなども、英語でぶつぶつ言ってるなぁ。これだと相手には何のことやらさっぱりわからないので・・・(苦笑

さて今日はヘアカットに出かけます。髪の根元が伸びて白髪が目立っている三毛猫状態を解消しないとね。
30代のころには若白髪と言えましたが、今じゃ「若」はとれちゃったな。そんなころから白髪が多いです。きょうだい4人中3人までがそうなので、これはDNAの為せるわざに違いありません。

髪がすっきりするのはいいけれど、シャンプーなどのとき頚がかなりつらいのですよ。これが憂鬱の種。
でも、担当のスタイリスト、Sさんはとても楽しい方で、年齢も近いし、時間があっという間に経ってしまいます。それに、シャンプー後のマッサージが力強い!なのに痛すぎない心地よさ。もしかしたらリハビリの先生よりうまいかも?
多分今日もずっと話しっぱなし笑いっぱなしになることでしょう。

滅多にない偶然

昨日夜中から始まった胃腸の不調(韻を踏んでいるなぁ・・・笑)は、午後にはすっかり回復しました。本当に立ち直りが早いなぁ、私(爆

昨日もHEICOを大学まで迎えに行くため、早めに夕食などの準備をして出かけました。
一昨日は戻るとき、国道に出るときにスムーズに入れなかったり、路上駐車で行き詰ったりで少し時間がかかったのだけれど、昨日はそれで「学習」したことを活かして?対処したので、スムーズに帰ってこられました。
そのスムーズに帰ってきた道中の、もう少しで家というところで、信号待ちの車列を横切らなくてはならなかったのですが、道を譲ってくださった車の前を通過しようとしたとき、偶然にも歩道上にニナリッチ子さんがいるのを発見!
ニナ子さんも私の車に気づいて、手を振って私の前を横切っていきました。

ほんのちょっとタイミングがずれたら、こうしてドンピシャで会うなんてことは不可能ですよね。

すごい偶然だね、とHEICOと話しながら家に戻りましたが、ふとこういう「すごい偶然」が以前にもあったことを思い出しました。

それは、先日記事に書いたF先生が転任で小学校を去った日のこと。何年前になるんだろう、確かRINGOが卒業した翌年だから2001年・・・うへっ!そんな前の話になるんだ。
RINGOの卒業とともに私もすでにPTAは卒業していて、先生が転任されることは全く知りませんでした。

その日は夕方の犬の散歩をHEICOと一緒にしていて、あぁ、当時はまだアズキも元気だったしマメも若かったな・・・
いつものように公園をぐるっと回っていましたが、HEICOが「久しぶりに小学校のほうへ回って行こうよ」というので、公園の隣にある小学校の正門のほうへ。
ちょうど正門にさしかかったとき、そこに当時の教頭先生がいらっしゃったので「こんにちは」と挨拶をしたのですが、そのとき一台の車が出てきました。

それはF先生の車。

車が去ったあと門から中を見ると、先生方が何人かそこにいらっしゃいました。
この雰囲気は、もしかして・・・

家に戻って、夕刊に載っていた人事異動の記事で、F先生が学校を去られたことを確認。やっぱり・・・

本当に、たまたま偶然いつも行かない学校の方へ行ったし、時間がちょっとでもずれていたら、そんな場面に出くわすこともなかったわけで。滅多にない偶然、だと思いません?

後々、これはきっと、お世話になった先生の姿を最後にちょっとだけ見せてやろうとかいう神様か誰かの配剤に違いない、と思いましたね。直にお別れ出来なくて残念だったけど。

こうして、誰かに会ったりするすごい偶然はいいですが、たまたま通りがかって事故に巻き込まれる、なんてすごい偶然はNo thanksに願いたいわね。

お楽しみのあとに待っていたものは

昨日冬女3人でランチをしたのは、名古屋の南隣の東海市にある「とまと記念館」内の「ソル・エ・ソレイユ」。
ケチャップ・ソースなどでお馴染みのカゴメ株式会社の創業者・蟹江一太郎氏が、この地で初めて西洋野菜の栽培を始めたことを記念して建てられた、との由。
私たちの住んでいるところは東海市と隣接しているので、市外に出ると言ってもそれほど時間はかかりません。

R子さんの運転でカーナビ頼りに目的地へ。
フツーの新興住宅地の真ん中に、忽然と白亜の建物が現れます。なんとなく場違いな感じはいなめません。もう少し周辺の環境を考えてもよかったのではないかしら。
11:30の予約だったので、念のため30分ほど前に出ましたが、到着したのは15分も前でした。
そのため、車のなかで誕プレお披露目会(笑
結構フォーマルなレストラン、ということなので、そこでお披露目会はちょっと・・・ですもんね。

それでも5分くらいしか消化できませんでしたが、とりあえず中へ入ろうということに。
駐車場から入口に向かうと、巨大トマトがお出迎え。

巨大トマトがお出迎え

赤御影石のご立派なトマトです。へたの造りがリアル。
アプローチの反対側には、カゴメ創業者が蟹江さんだからなのか

蟹江さん、だから?

二重エントランスの二枚目のドアを開けようとすると、中から若い女性が開けてくれました。
時間までその入口近くでしばし待つことに。
記念館についての映像紹介などもありましたが、ふと目にとまったのが、長い紙に書かれた文章。その冒頭には「弔辞」の文字。えっ!?
傍らに置かれた新聞記事の切り抜きなどから、創業者の孫であり、記念館の初代館長でカゴメの元社長だった蟹江嘉信氏がつい一週間ほど前の20日に亡くなり、東海市長が23日の告別式で読み上げた弔辞であることが判明。
そういえば予約を取るときに、昨日26日か20日のどちらかに、と話していたことを今思い出しました。

その後しばらくして、3階にあるレストランへ。
さほど広くない建物ですが、テーブルなどはゆったりとしていて、私たちを含めて5組の客がいましたが隣の話声が気になることもありませんでした。フォーマルな雰囲気なので、自然と声も品よく?小さめになるのかも(笑

予約の時点で、2500円のコースを選んでおきました。これはメインを肉か魚のどちらを選ぶというもの。昨日は3人揃って魚料理にしました。

まず前菜。
2色の人参と魚介のカネロニ仕立て。

2色のニンジンと魚介のカネロニ仕立て

薄く切った二種類の人参で魚介類を巻いてあります。周りの濃いグリーンのソースは春菊。もっとくせがあるかと思ったら、案外すっきりした味。
全体の味も控えめで、素材の味がわかりやすい。
ただ、食べづらいですね、こういうのって!品よくいただこうと思うのでなおさらに(苦笑
奥に写っているピンク色のグラスは、コラーゲントマトというソフトドリンク。R子さんはスパークリングアップルを。これはシナモン味がついたもので、飲むアップルパイという感じ。

次は八事人参のポタージュ。

八事人参のポタージュ

名古屋の地場野菜、八事人参をポタージュにしたもの。見た目は普通ですが味は濃厚。私は昨日いただいたなかでこれが一番のお気に入り。

いよいよメインの魚料理。今回はスズキのポアレ。

本日のお魚料理はスズキさんでした

上に乗ったピンクの千切りは、紅芯大根(こうしんだいこん)という、中が赤い大根。
サービスの女性が、この他に「黒大根が・・・」と言っていたのだけれど、何しろ機能の悪い私の耳では彼女の声を100%聴き取れなくて、いったいどこに黒大根があるんだろう?と思いつつ食べ進むと、あ、あった!

ここにいたか!黒大根

魚の下に隠れておりましたわ。色が黒いのが恥ずかしいのか?(笑
外側は本当に炭を塗ったように黒いのだけれど、中はご覧のようにごくフツー。
こちらも味はあっさり控えめ。

締めのデザートはブランマンジェにコーヒーのソルべ・チョコレート添えと・・・あれ?ニンジンだっけ?それとおカボチャ?だったかしらん、のケーキ。

デザート盛り合わせ

ブランマンジェが濃厚でおいしかったですねぇ。上に乗っていたのはオレンジピールと、晩白柚(ばんぺいゆ)のコンポート。
どのデザートも甘さ控えめの大人な味わいでした。

値段は少々私にはお高いのですが、優雅な雰囲気とこの味わいなら妥当な値段かと思われます。また別の季節に来てみたいですね。

食後は敷地内にあるパン工房・とまとの花でパンを買って帰りました。レストランのパンもこちらのもので、食べてみてこれならよさそう、と感じたので。
家に帰って山食パンを食べてみましたが、焼き具合なども合格。値段もこの手のパン屋さんとしては普通だし。
家の近くのショッピングセンターに入っているパン屋さんは、同じ程度の値段なのだけれど、日によって出来がまちまち。残念なときには、大手パンメーカーの食パンでいいや、と思うことも。
それに比べるとこちらはかなり高レベル。ドライブがてらパンだけ買いに来てもいいな、なんてね。

家に戻って早めに夕食の準備にとりかかり、ある程度支度を終えてからHEICOを迎えに行きました。まだ体調が完全ではないので。
あまり行き慣れないところへひとりで運転する不安は若干あったものの、事前の下調べが功を奏して、難なく到着。

とまあ、寝る前まではいい感じだったのよね。

が、しかし。

布団に入ってちょっとしたくらいから、なんだかお腹が痛い、なぁ・・・・・・
ま、いいや。運転で疲れたし(往復1時間ちょっとでこんななのよね)、寝たらなんとかなるだろうと一応寝ました。

そして夜中。

お腹がいたくて目が覚めて・・・・・・寒いトイレでしばらく滞在(泣
トイレ滞在はその一度で終わりましたが、なんだかまだもやっとしています。腸がぐるぐる鳴ってるし(苦笑
胃腸風邪だと困りますけど・・・頭も少し重いので、とりあえず弱めの薬を飲んでおきました。HEICOみたいになったら嫌だもんね。
プロフィール

yucco

Author:yucco

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